フォアハンドストローク、「ストレートアーム」か「ベントアーム」かどちらがいい?

フォアハンドストロークのフォームは人によって様々です。バックハンドストロークやボレーなどはあまり自由度が少ないので、上手くなってくると少しの違いはあれど大体似通ったフォームになってきますが、フォアハンドストロークは海外トッププロにおいても実に多様です。片手で打つことと、テイクバック時に身体の前面が大きく空いていることがその自由度を生んでいるのでしょう。
今回はフォアハンドストローク(スピン)におけるテイクバック(バックスイング)⇒ヘッドダウン⇒フォワードスイング⇒インパクトの流れにおいて、時折論争の的となるベントアーム(利き手の肘を曲げる)とストレートアーム(利き手の肘を伸ばす)について考えていきたいと思います。
まずは、セリーナ・ウィリアムズ、シモナ・ハレプ、ホルガー・ルーネなど多くのトップ選手を指導した世界でも屈指の名コーチであるパトリック・ムラトグルー氏が、カルロス・アルカラスのフォアハンドを分析した動画を見てみましょう。
ムラトグルー氏はアルカラスのフォアハンドストロークをこのように分析しています。
①ボールがワンバウンドする前にバックスイング(テイクバック)を始めている。そしてアルカラスの準備動作は短くてシンプルである。これらにより振り遅れを避けている。
②左手でラケットを押していて、それが上半身をひねるのとラケットをコントロールするのに役立っている。
③スイング動作中を通して脚を爆発的に蹴り上げている。
④ボールをヒットする前に右ひじを伸ばし、動作(スイング)が終わるまで伸ばし続けている。
これがラケットスピードをより速くしている。なぜなら、ウェイト(ラケット)が中心(体幹)から離れていればいるほどスピードが速くなるからだ。
⑤手首を緩めてラケットを降ろしていて、それが素晴らしいスピンを生み出す。
⑥カルロス・アルカラスのフォアハンドとラファエル・ナダルのフォアハンドは、グリップやテイクバック、脚の使い方、ラケットの加速方法、フォロースルーなどいくつか共通点がある。
以上のようにまとめてみました。①・③・⑤に関してはストロークの基本事項です。②に関してはそのプレーヤーの好みによるし、それほど影響を与えるわけでもないです。⑥に関しては、2人をどういう基準で見るかによって解釈は変わるでしょうが、いずれにせよ今回の本題とはあまり関係がないので言及するのは別の機会に譲るとしましょう。
問題となるのは④です。ムラトグルー氏はストレートアームだからスイングスピードが速いと言っています。その理由はウェイトが中心から離れていればいるほどスピードが速くなるからだとしています。
これだけ見てみると、世界ランク最高1位でグランドスラム複数回優勝しているアルカラスがフォアハンドストロークでストレートアームを採用していて、かつトッププロを多数指導しているムラトグルー氏がそのストレートアームについて根拠を提示した上でその良さを語っているのですから、ストレートアームの方が優れているという主張には説得力があるように思えます。
ムラトグルー氏が述べている④を物理の公式(この記事で扱う物理公式はすべて半径=r 、角加速度=α、加速度=a、これらが一定の等加速度回転運動及び等加速度直線運動を前提とします。)で表すと、V=rωとなります。※V=並進速度 r=半径 ω=角速度 
なるほど、r(腕の長さ)が長くなればなるほど、V(ラケットスピード)はより速くなるわけです。それなら物理的にもムラトグルー氏の主張が正しいですよね。
ところが、事はそう単純ではないのです。
r(半径)が大きくなったらω(角速度)はどうなるか?言い換えると、腕が長くなると、腕の回しやすさはどうなるか?この点を見逃してはいけないでしょう。
ここで、物体の動かしにくさを考えてみましょう。並進運動における運動方程式はF=ma です。※F=力 m=質量 a=加速度
これは、ある物体mにaという加速度を与えようとするとFという力が必要ということです。つまり、m=質量が大きくなればなるほど物体は動かしにくくなるということです。これは直感的にもわかるでしょう。
このことを回転運動の運動方程式に当てはめてみると、N=Iαとなります。※N=トルク I=慣性モーメント α=角加速度 
並進運動における質量(m)=「動かしにくさ」は回転運動においては慣性モーメント(I)=「まわしにくさ」に対応します。慣性モーメントは、I=m r²と表されます。※I=慣性モーメント m=質量 r=半径(質量の中心からの距離)
慣性モーメントは質量と半径の2乗に比例するので、ストレートアームにして腕(半径)を長くすればするほど、腕は回しにくくなる、言い換えると立ち上がりの加速度は遅くなる、ということを示しています。実際、フィギュアスケーターがトリプルアクセルを飛ぶ時に腕を広げたままにはしないし、逆上がりよりも大車輪のほうがはるかに難易度が高いことは想像に難くないでしょう。
では、ストレートアームがダメかというと、そうでもないのです。
ここで、ω=αt を示します。※ω=角速度 α=角加速度 t=時間
これは、等加速度直線運動における V=at ※V=速度 a=加速度 t=時間  の公式を回転運動におきかえたものです。
ストレートアームにすると、インパクトまでの時間が長い分、よりラケットを加速させる時間が増えるので、インパクト時点でのスピードはベントアームよりも速くなるのです。ω=αt  ※ω=角速度 α=角加速度 t=時間 の t=時間が大きくなるので角速度のωも大きくなるわけです。
よってストレートアームならV=rω ※V=並進速度 r=半径  ω=角速度 の r=半径も、ω=角速度 も大きくできるので最終的なV=並進速度 も大きくなります。
以上をまとめると、ストレートアームにするとより振り遅れやすいが、インパクト時点でのスピードはより速いということです。
そして、これはテイクバック(バックスイング)をどれだけ大きくとるのかと全く同じことを言っているのです。テイクバックにおいて体幹・股関節・肩・肩甲骨をどれだけ回旋するのかでテイクバックの大きさが決まります。テイクバックが大きくなればなるほどより振り遅れやすいですが、インパクト時点でのスピードはより速いのです。
もちろん、ストレートアームにするかベントアームにするか、言い換えると肘をどれだけ伸ばすかは、テイクバックをどれだけ大きくとるかに比べれば影響はかなり小さいです。テイクバックの方がより多くの関節が関わってますからね。
結局のところ、ムラトグルー氏の分析って実は全然大したことを言ってないんですよ。ダニール・メドベージェフやフランシス・ティアフォー、カレン・ハチャノフらのフォアハンドを指して、「このテイクバックの大きさが彼の強烈なフォアハンドの秘訣だ!」と言っているのと全く一緒なんです。あくまでもアルカラスの凄さありきの分析であることを理解しておく必要があるでしょう。
話が逸れましたがここで結論を述べたいと思います。フォアハンドストロークの時に「ストレートアーム」にするか、「ベントアーム」にするかは、どちらも一長一短があるから個人の体格や筋力、プレースタイルや好みに合わせて一番良いパフォーマンスが出せる方を選ぶのが良いです。
こんな当たり前のことを言うために長い文章を書いてしまいました。そして上手く説明できているのか自信がないですけど・・・・僕自身はスッキリしました^^
こんなわかりにくい文章をここまで読んでくださった皆さん、どうもありがとうございました。
【参考文献】
『バイオメカニクスで読み解く スポーツ動作の科学』深代千之,川本竜史,石毛勇介,若山章信 著 . 東京大学出版会.2010
                                                      
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