テニス選手はなぜ正しい(質の高い)トレーニングを行っていないのか?

「全豪オープン2020 IMG所属トレーナーである中村豊さんのお話を聞いて」の回で、「選手は実験台ではなく、トレーナーは選手に対し、計画的なトレーニングを施すべきである。もっとトレーナーのレベルが上がって欲しい。」という趣旨の話をいたしました。
今回はそもそもなぜテニス界に正しいトレーニングが浸透していないのかについて、いくつかの要因があるので順を追って話を進めてみたいと思います。
①テクニックが重要な競技であること。
テニスのテクニックは多岐にわたります。通常のストロークは、フォアハンド・バックハンドの2種類、それぞれにスピン・スライスの打ち分けがあり計4種類。ロブも同じように計4種類で、ドロップショットが2種類あり、ストロークだけで計10種類ものテクニックを習得しなくてはなりません。
レシーブについては、意見が分かれるところですがここではストロークに含むとしておきましょう。
ネットプレーに関しては、フォアハンドボレー・バックハンドボレーの2種類、これにドロップボレーとドライブボレーも足すと計6種類。スマッシュはフラットとスライスを使うので2種類で、よってネットプレーは計8種類です。
サーブに関しては、フラット・スライス・スピンの区別があるので、計3種類あります。
以上のように、テニス選手が取得・維持向上すべきテクニックは合計で21種類もあり、テクニックが非常に大きなウェイトをもつ競技であること、ゆえにテクニック練習にかなりの時間を割かなければならないことがわかります。
②スピード・アジリティが重要な競技であること。
テニスは皆さんご存じの通り、300g程度の軽いラケットを速いスイングスピードで振り回し、かつ58g程度の軽いボールをインパクトして飛ばします。これに対して野球のバットは900g程度で、ボールは145g程あります。扱う道具が重ければ重いほど筋力の重要性が上がる(砲丸投げやハンマー投げの選手をイメージしていただくとわかりやすいと思います)ので、テニスは野球よりスピードの重要性が高い(筋力の重要性が低い)スポーツであるといえるでしょう。
また、テニスは相手から放たれたボールに対してダッシュしてボールを打ち、また切り返してダッシュしてボールを打つ、このような動作を繰り返す競技であるので、アジリティ能力が大切であるとわかります。これらはトレーニングによって伸びるものではありますが、やみくもに50mダッシュしたり、ましてや長距離走をして伸びるものではありません。アジリティトレーニングという専門的なトレーニングが必要です。
ここで、筋力の重要性が低いということはどういうことかを説明したいと思います。
人間が地面に対して、ボールに対して仕事をするときに使う単位はパワーといいます。パワーがあればあるほど、人間は遠くに飛んだり、ボールに対して大きな速度を与えたりすることができます。そのパワーは力(筋力)×スピードで表されます。トレーニングによって力(筋力)を伸ばすことができるのですが、残念ながらトレーニングをしても筋自体のスピードを上げることはできません。
言い換えると、筋力の重要性が低いということはトレーニングによって伸ばせる余地が少ないということを意味します。
③テニスはコンタクトスポーツではないこと。
サッカーやバスケットボール、ラグビーやアメリカンフットボール、その他格闘技はコンタクトスポーツです。これらの競技は相手とぶつかるという特性上、トレーニングによって筋力あるいは筋量(体重)を増加させて、相手に押し負けないようにすることが必要となってきます。押し負けてしまうとボールを取られたり、スタミナを削られたりしてしまうからです。
一方で、テニスはそれらの競技と違い、相手とぶつかることはありませんから、相対的に筋力の重要性が低いということが言えるでしょう。
以上は、テニスの競技特性そのものからくる要因でしたが、次からはプロテニスツアーの構造上の問題に視点をおいて考えてみましょう。
④オフシーズンが極端に短いこと
テニス選手の1年は1月から始まり、デビスカップなども含むと11月末まで試合があります。大雑把にいうと12月初めから2週間オフシーズンで、そこから2週間プレシーズンというところでしょうか。実質2週間しかオフシーズンがありません!
一方でプロ野球は11月~1月の3か月間がオフシーズンで、2月から3月までの2か月間がプレシーズンです。
テニス選手は1か月間で体を休めて、かつトレーニングで身体能力をアップさせなければなりません。これは不可能に近い!!
⑤出場するべきトーナメントの数が多いこと。
テニスは、トーナメントに出場して勝ち上がりポイントを得て、ランキングをあげることにより、さらに上位の大会に出場したり、良いシード権を得ていきます。100%真実をついているわけではありませんが、ランキングを上げるためには、たくさんのトーナメントに出る必要があるのです。実際にTOP100の選手達が年間でどれだけのトーナメントに出ているか計算したところ、24.62回というデータが出ました。これには錦織選手のように怪我で試合に予定通り出れていない選手も含まれているので、実際には25回ぐらいだと考えます。そして一年は約52週なので、2週に1回はトーナメントに出ていることになります。
⑥試合と試合の間隔が短いこと。
グランドスラムを除いて、基本的にトーナメント中は毎日試合があります。それゆえにトーナメント中はトレーニングして筋力アップを図る余裕はなく、体のケアをして、どれだけフレッシュな状態で次の試合に臨めるかが最優先されます。
⑦トーナメント間の移動が多く、また世界中を移動すること。
テニス選手たちは年間で約25回トーナメントに出るわけですが、同じところにずっといるわけではありません。世界中を一年中転戦しているのです。アジアからヨーロッパ、ヨーロッパからアメリカ、アジアからアメリカなど、長距離のフライトも少なくありません。当然時差ボケへの対処もあるので、到着した日は、体の調整にあてられるでしょう。
⑧良い設備がいつもあるわけではないこと。
ATP250以上のツアー大会では、大会会場やホテルにジムがあり、本格的なトレーニングを行うことができます。しかし、ほとんどのチャレンジャー大会などではジムがなく、良いトレーニング環境が整っていません。
⑨トレーナーを雇うのにはお金がかかること。
テニスは野球やサッカーと違い個人スポーツなので、チームに所属していれば、チーム所属のトレーナーがトレーニングを見てくれるわけではありません。本格的なトレーニングやケアをしてもらうためにはトレーナーを雇わなければなりません。確たることは言えませんが、フルタイムのトレーナーを雇うには恐らくTOP30ぐらいに入っていなければならないでしょう。それ以外の選手は自分で調べてトレーニングを実施したり、テクニックのコーチがトレーニングを見たり、定期的に短期間でトレーナーを雇っているのが現状でしょう。

このようにテニスは、野球やサッカー、バスケットボールやアメリカンフットボール、ラグビーなどのメジャースポーツと比べて、筋力の重要性が低いかつ、トレーニングをする機会がかなり制限されているということが言えると思います。そういうわけで、なかなかテニス選手たちが正しい(質の高い)トレーニングをできていない現状があるのです。
だからと言ってトレーナーが思い付きで適当なトレーニングをやってはいけませんし、健康な選手に対して、怪我明けのリハビリに行うようなメニューをさせてはいけません。疲労困憊させるような根性トレーニングをさせ続けるのもいけません。
正しいトレーニングをすれば、パフォーマンスアップにつながりますし、怪我の防止にもつながります。ということは、テニス選手に正しいトレーニングが浸透していけば、私たちはより良いパフォーマンスを見ることができ、怪我に泣く選手を見る機会を減らすことができるでしょう。つまり、私たちはよりテニス観戦を楽しむことができるのです。
それでは、テニス選手は一体どんなトレーニングをすればよいのでしょうか?この問いに答えるのは容易ではありません。選手の年齢、体格や筋力、柔軟性や怪我の経験、今がオフシーズンなのか、インシーズンなのか、インシーズン中でも重要な大会の前なのか、比較的小さな大会の前なのか、大会と大会の間で2週間ほど期間があるときなのかなど、考慮しなければならない要素が多いからです。
もちろん、これだけ長々と御託を並べたので、私自身がある程度の案を示さなければ、無責任であるし、説得力は全くないでしょう。
次回は批判を覚悟で、私が考えるトレーニング案を思い切って書いてみたいと思います。
                        
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